
2025年8月度モバイル回線品質比較レポート
認知が広がる、通信網のリアルタイム計測・監視の重要性
回線品質とは
スマートフォンの利用シーンは大きく変化しています。
ビデオ通話、動画配信、オンラインゲームが主要な用途となり、コロナ禍以降はリモートワークでのWeb会議にも携帯通信が活用されるようになりました。
従来、携帯通信の品質評価では上り・下りのスループット(通信速度)が重視されてきました。
スループット指標では、パケットロスが発生してもTCPの再送制御により一定の"ごまかし"が効いてきました。ところてん方式でデータを流す場合、多少の損失は帯域効率で吸収できる側面があったのです。
しかし、現在主流となっているビデオ会議やオンラインゲーム、リアルタイム通信などのアプリケーションは、高スループットよりもレイテンシ最小化が求められるタイプです。
レイテンシが悪化すると、TCPの再送が頻発してもユーザー体験の劣化が防げず、パフォーマンスのボトルネックとなります。
そのため、最新のネットワーク性能評価や最適化では、従来以上にレイテンシ・ジッター・パケットロスの3つの指標を重視する必要があります。
インターネット通信を高速道路に例えると、スループットは「車線数」に相当します。
車線が多ければ多くの車(データ)を流せますが、目的地への到着時間を決めるのは車線数だけではありません。
リアルタイム通信では、以下の3つの指標がより重要になります。
- レイテンシ(遅延時間)
-
端末からサーバまでデータが往復する時間を指します。
高速道路で例えると「走行速度」に相当します。
この値が小さいほど、応答が速く、リアルタイム性の高い通信が可能になります。
ビデオ通話の音声遅延やオンラインゲームの反応速度に直接影響します。 - ジッター
-
レイテンシの変動幅、つまり遅延時間のばらつきを示します。高速道路で例えると「到着時間のばらつき」に相当します。
この値が小さいほど通信が安定しており、ビデオ通話の音声品質やオンラインゲームの快適性に大きく影響します。
一定のリズムでデータが届くことが重要なリアルタイム通信では、特に重要な指標です。 - パケットロス率
-
送信したデータのうち、途中で失われて届かなかった割合を示します。
高速道路で例えると「事故発生率」に相当します。
理想値は0%で、わずか2%のパケットロス率でも再送処理により大幅な遅延が発生し、動画の乱れや音声の途切れの原因となります。
なお、総務省の事業用電気通信設備規則の細目では、ITU-T Y.1541勧告に準拠して以下の品質基準が定められています。
- レイテンシの平均が70ms以下
- ジッターが20ms以下
- パケットロスは0.5%以下
- 上記を95パーセンタイルで満たす
本レポートでは、これらの基準を踏まえて各キャリアの回線品質を評価しています。
調査概要
- 調査名
- 2025年8月モバイル回線品質比較レポート
- 調査方法
- フィッシャー三原則に則った定点計測・監視
- 計測手法
-
各都市に設置した計測機器から携帯通信回線を経由して、東京に設置したサーバまでのTraceroute InSessionを実行
※Traceroute InSessionとは、Catchpointが開発した新しいTCP tracerouteで、Pietrasanta Tracerouteという名前でオープンソースとして公開されています。TCPセッションを確立し、TCPの輻輳制御メカニズムとSACK(Selective ACKnowledgment)を活用してtracerouteを行う手法です。ファイアウォールによる偽のパケットロスを防止し、ロードバランサーの影響を回避して、より信頼性の高い測定を実現します。
※ジッターは、連続するping測定値のRTT(往復遅延時間)の差分の絶対値を求め、その平均値を算出しています。 - 計測頻度
-
ランダムな15分に1回
(ランダムに15分に1回とは、10:00、10:15、10:30のようなきっかりと15分ではなく、10:01、10:14、10:32のようにランダムさが加えられている) - 標本の大きさ
- 各都市・各キャリア毎に2,976
- 通信種別
-
通信種別 都市名 NTTドコモ au ソフトバンク 楽天モバイル 札幌 5G 5G 5G 5G 新潟 5G 5G 5G 5G 東京 5G 5G 5G 5G 名古屋 5G 5G 5G 5G 大阪 5G 5G 5G 5G 福岡 5G 5G 5G 5G - 計測機器
- モバイルルータ(3GPP Release15対応)、計測マシンの性能、OSなど、全て統一されています。
- 調査期間
- 2025年8月1日〜31日
- 調査対象
-
計測都市: 札幌、新潟、東京、名古屋、大阪、福岡の全国6都市
計測キャリア: ドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイルの携帯キャリア4社
※本調査に関する内容をご掲載の際は、必ず「Spelldata調べ」と明記してください。
サマリー
2025年8月の計測結果から、各キャリアの回線品質を総合的に評価しました。
評価は、レイテンシ(遅延時間)、ジッター(遅延のばらつき)、パケットロス率の3つの指標を基に、総務省の品質基準を参考にして行いました。
今月は福岡でのソフトバンクの測定値異常と、各エリアでの大幅な品質変動が特徴的でした。
総合評価
順位 | キャリア | 総合評価 | 特徴 |
---|---|---|---|
1位 | au | ★★★★★ | 全地域で安定した低レイテンシを実現。総務省基準達成率83.3%で他社を大きく上回る。 |
2位 | ソフトバンク | ★★★☆☆ | 福岡での測定値異常により評価下落も、他5都市では高品質維持。基準達成率61.1%。 |
3位 | 楽天モバイル | ★★★☆☆ | 地域格差が顕著。福岡で大幅改善、名古屋で大幅悪化。パケットロス基準は全都市達成。 |
4位 | ドコモ | ★★☆☆☆ | ジッター基準を全都市で未達成。基準達成率27.8%で構造的改善が急務。 |
地域別の特徴(前月からの変化を含む)
- 北日本エリア(札幌・新潟)
-
- 札幌
- auとソフトバンクが改善、楽天は悪化、ドコモは全指標悪化
- 新潟
- 楽天が大幅改善(RTT 22.5%、ジッター 29.5%向上)、ソフトバンクは悪化
- 関東・中部エリア(東京・名古屋)
-
- 東京
- auが大幅改善(RTT 21.7%向上)、楽天がパケットロス83.3%改善
- 名古屋
- auがパケットロス完全解決、楽天が全指標で大幅悪化(60%以上)
- 関西・九州エリア(大阪・福岡)
-
- 大阪
- 各社が異なる強みで競争、バランス良い改善
- 福岡
- 楽天が大幅改善でトップに、ソフトバンクは測定値異常
総務省基準との比較
地域 | 指標 | キャリア | |||
---|---|---|---|---|---|
au | ドコモ | 楽天モバイル | ソフトバンク | ||
札幌 | レイテンシ | 〇 56ms | × 1054ms | × 307ms | × 78ms |
ジッター | 〇 9.6ms | × 257ms | × 106ms | 〇 16.6ms | |
パケットロス | 〇 0% | × 25% | 〇 0% | 〇 0% | |
新潟 | レイテンシ | 〇 43ms | 〇 58ms | × 310ms | 〇 55ms |
ジッター | 〇 6.3ms | × 30.7ms | × 107ms | 〇 6.9ms | |
パケットロス | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | |
東京 | レイテンシ | 〇 41ms | × 153ms | × 316ms | 〇 57ms |
ジッター | × 21.9ms | × 59.8ms | × 117ms | 〇 18.5ms | |
パケットロス | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | |
名古屋 | レイテンシ | 〇 48ms | × 553ms | × 186ms | 〇 54ms |
ジッター | 〇 7.3ms | × 168ms | × 106ms | 〇 15.8ms | |
パケットロス | 〇 0% | × 10% | 〇 0% | 〇 0% | |
大阪 | レイテンシ | 〇 60ms | × 492ms | × 308ms | 〇 43ms |
ジッター | × 20.2ms | × 199ms | × 107ms | 〇 8.6ms | |
パケットロス | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | |
福岡 | レイテンシ | 〇 60ms | × 204ms | 〇 61ms | × 642ms |
ジッター | 〇 14.6ms | × 55.4ms | 〇 9.8ms | × 423ms | |
パケットロス | 〇 0% | 〇 0% | 〇 0% | × 75% |
※〇:基準達成、×:基準未達成(レイテンシ:70ms以下、ジッター:20ms以下、パケットロス:0.5%以下)
注目すべき結果
大幅な品質改善を記録したケース
- 楽天モバイル(福岡)
- RTT 59.5%改善、ジッター 89.7%改善で一気にトップ水準に到達
- au(東京)
- RTT 21.7%改善で首都圏での優位性を確立
- au(名古屋)
- パケットロス100%改善(35→0)で完璧な水準を実現
測定値の大幅悪化が観測されたケース
- ソフトバンク(福岡)
- 基準値を大幅に超過する測定値を記録。RTT 103.5%悪化、ジッター 1634%悪化、パケットロス 1895%悪化
- 楽天モバイル(名古屋)
- 全指標で大幅悪化。RTT 61.2%悪化、ジッター 69.3%悪化、パケットロス 240%悪化
- ドコモ(全国)
- ジッター基準を全6都市で未達成。総務省基準達成率27.8%
総務省基準達成状況の傾向
キャリア | 達成項目数 | 達成率 | 前月比 | 主な特徴 |
---|---|---|---|---|
au | 15/18 | 83.3% | 維持 | レイテンシ・パケットロス基準で安定 |
ソフトバンク | 11/18 | 61.1% | 低下 | 福岡の測定値異常により3項目失点 |
楽天モバイル | 7/18 | 38.9% | 維持 | パケットロス基準は全都市達成 |
ドコモ | 5/18 | 27.8% | 微改善 | ジッター基準を全都市で未達成 |
詳細データの見方
- 散布図
-
散布図は、縦軸にレイテンシのミリ秒、ジッター、パケットロス率を取り、横軸に日付を取って、観測値をプロットしたものです。
データの分布の概況を把握したり、分布パターンを把握するのに適しています。
- 累積分布関数
-
累積分布関数は、1か月の観測値を、小さい値から順番に並べたものです。
散布図が時間の流れで見るのに対して、累積分布関数は期間あたりの品質の分布状況を把握するのに適しています。
パフォーマンス分析では、累積分布関数で分析するのが一般的です。 - 積分による比較
-
累積分布関数の結果を数値として把握したり、比較分析したい場合には、このグラフの面積=積分として分析します。
積分値は面積を表すため無単位となり、値が小さいほど品質が良いことを示します。
平均比較ではないので、正確に差を比較できます。
なお、積分値は全体的な品質傾向を示しますが、総務省基準で用いられる95パーセンタイル値とは必ずしも比例関係にないため、積分値が小さくても基準未達成となる場合や、積分値が大きくても基準達成となる場合があります。
札幌
散布図

累積分布関数

積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 5,997 | 5,113 | 14.7% | 653 | 598 | 8.4% | 90 | 20 | 77.8% |
ドコモ | 36,741 | 40,107 | -9.2% | 15,410 | 16,432 | -6.6% | 970 | 1,080 | -11.3% |
楽天モバイル | 10,985 | 10,791 | 1.8% | 2,644 | 3,298 | -24.7% | 5 | 35 | -600% |
ソフトバンク | 6,073 | 5,249 | 13.6% | 901 | 831 | 7.8% | 95 | 95 | 0.0% |
新潟
散布図

累積分布関数

積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 3,352 | 3,333 | 0.6% | 350 | 327 | 6.6% | 0 | 10 | -∞ |
ドコモ | 6,351 | 6,312 | 0.6% | 1,378 | 1,425 | -3.4% | 105 | 105 | 0.0% |
楽天モバイル | 14,950 | 11,588 | 22.5% | 6,630 | 4,676 | 29.5% | 25 | 5 | 80.0% |
ソフトバンク | 4,158 | 4,642 | -11.6% | 473 | 502 | -6.1% | 95 | 95 | 0.0% |
東京
散布図

累積分布関数

積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 4,148 | 3,247 | 21.7% | 1,013 | 974 | 3.8% | 200 | 80 | 60.0% |
ドコモ | 6,986 | 6,806 | 2.6% | 2,320 | 2,528 | -9.0% | 120 | 120 | 0.0% |
楽天モバイル | 12,737 | 12,323 | 3.3% | 5,506 | 5,333 | 3.1% | 30 | 5 | 83.3% |
ソフトバンク | 4,013 | 4,151 | -3.4% | 1,085 | 1,017 | 6.3% | 95 | 100 | -5.3% |
名古屋
散布図

累積分布関数

積分による比較
積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 4,116 | 4,214 | -2.4% | 485 | 484 | 0.2% | 35 | 0 | 100% |
ドコモ | 15,523 | 17,380 | -12.0% | 6,468 | 7,638 | -18.1% | 385 | 410 | -6.5% |
楽天モバイル | 3,574 | 5,762 | -61.2% | 1,100 | 1,862 | -69.3% | 25 | 85 | -240% |
ソフトバンク | 5,970 | 5,938 | 0.5% | 1,280 | 1,201 | 6.2% | 120 | 95 | 20.8% |
大阪
散布図

累積分布関数

積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 5,320 | 5,928 | -11.4% | 1,190 | 1,366 | -14.8% | 200 | 165 | 17.5% |
ドコモ | 14,944 | 14,433 | 3.4% | 10,546 | 10,192 | 3.4% | 210 | 205 | 2.4% |
楽天モバイル | 13,059 | 10,664 | 18.3% | 6,031 | 4,411 | 26.9% | 10 | 65 | -550% |
ソフトバンク | 5,851 | 4,767 | 18.5% | 651 | 702 | -7.8% | 95 | 100 | -5.3% |
福岡
散布図

累積分布関数

積分による比較(7月→8月の改善状況)
キャリア | Round Trip Time | ジッター | パケットロス | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | 7月 | 8月 | 改善率 | |
au | 5,320 | 6,461 | -21.4% | 1,190 | 1,389 | -16.7% | 200 | 35 | 82.5% |
ドコモ | 14,944 | 16,939 | -13.3% | 10,546 | 1,705 | 83.8% | 210 | 115 | 45.2% |
楽天モバイル | 13,059 | 5,289 | 59.5% | 6,031 | 621 | 89.7% | 10 | 25 | -150% |
ソフトバンク | 5,851 | 11,905 | -103.5% | 651 | 11,287 | -1634% | 95 | 1,895 | -1895% |
考察
ソフトバンクの福岡における測定値異常
8月18日13時から継続的に、福岡のソフトバンクでパケットロスの大幅増加が観測され、その結果レイテンシとジッターにも大きな影響が出ています。
測定値の変化には予兆が見られることが多く、今回の場合は8月12日から17日にかけて、散発的にパケットロスが発生していました。

技術的示唆と改善方向
今月の測定結果は、遅延の主要因が基地局よりもキャリア内部ネットワーク(バックホールやルーティング)に集中する傾向を示しています。
特に福岡でのソフトバンクの遅延の例は、内部ネットワークの問題が品質に与える影響の大きさを実証しています。
エンドポイント側から計測・監視する弊社が提供するサービスを利用することで、障害の予兆を検知し、早めに手を打つことが可能となります。
9月1日に、総務省が通信障害などが起きたときに事業者に求める事故報告について基準を変更する旨の記事が掲載されました。
「データ通信の障害報告、対象を拡大へ 総務省」
電子メールや携帯電話などのデータ通信サービスについて、迅速な報告を求める「重大な事故」の基準を拡大されます。
携帯電話などのデータ通信では今まで「継続時間が1時間以上かつ影響利用者が100万人以上」の事故が対象でしたが、影響利用者数を「10万人以上」に見直されます。
また、110番などの緊急通報を扱わない音声サービスと同等の基準のままです。
電子メールなど無料のインターネット関連サービスは事故の「継続時間が12時間以上かつ影響利用者が100万人以上」でしたが、事故の継続時間を「2時間以上」となります。
総務省は通信障害などが重大な事故に該当する場合、電気通信事業法に基づき事業者に総務省への速やかな一報と、30日以内の詳細な事故報告を求めることになります。
以上からも、以下の技術的な施策が必要です。
- 全国各地からのエンドポイント側からの定常的な計測・監視
- リアルタイムに通信状況をLayer2までではなく、Layer3~Layer7までをカバーして、HTTPSやSMTP、POP/IMAPなどのプロトコルも計測・監視する
- 内部ルーティング最適化
- 遅延集中区間の特定と経路最適化
- TCP実装の現代化
- SACK有効化とECN運用によるロス起因の遅延抑制
- キュー管理改善
- AQM導入によるジッター安定化
- 地域別対策
- 測定値異常エリアの個別対応
調査データのダウンロード
本調査の生データを以下からダウンロードいただけます。
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